傀儡の恋
34
親友の面の皮の厚さと悪辣さはよく知っているつもりだった。しかし、ここまで磨きがかかっているとは予想外だったと言っていい。
「まさか、こうなるとはね」
小さな笑みとともにラウはそう呟く。
「カナーバ議長は若くて美人だから、地球でも人気があったのだが」
さらに言葉を重ねたのはサラの存在があったからだ。
「そうなのですか?」
即座に彼女はこう問いかけてくる。
「えぇ。男性陣はもちろん、女性人にもね。アスハ代表と並んでいる姿が眼福だとか」
そちらの理由は納得できないのだが、とラウは苦笑を浮かべて見せた。
「そう」
サラはこう呟く。そうして、それ以上の興味を失ったようだ。
「それにしても……どこでも古い価値観から抜けられない者達はいると言うことか」
彼女が失脚する原因になった一件。
それは未だにナチュラルを認められない者達がアイリーンの指示を無視して行った行為のせいだ。
もっとも、彼らもアイリーンが男であればまた違った反応を見せたのかもしれない。
コーディネイターは男女の性差は少ない。だが、皆無ではないのだ。
子供を産める可能性がある彼女を保護したいと思うもの、出産時にはどうしても仕事を休まざるを得ないことを理由にしているものと言った理由の違いはあるだろう。だが、とりあえずの平穏を取り戻した以上、彼女を最高評議会議長の座から遠ざけたいと言う一点で一致したらしい。
それに今回のことは渡りに船、と言ったところだろうか。
間違いなく、あの男がその裏で何かをしていたはずだ。そう言う点は抜け目ないと言っていい。
アイリーンですら勝てないのだ。カガリでは軽く手玉に取られて終わるだろう。
それはかまわない。
彼女自身が選んだことで自分が関与すべきことではない。
だが、キラがかかわってくるとなれば話は別だ。
「……私もまだまだ未熟と言うことかな?」
小さなつぶやきを漏らす。
「と言いますと?」
本当に耳ざとい。少しは聞き逃してもいいものを。そう心の中で毒づく。
「他国のことですし、政治的に仕方がないのだろうと理屈ではわかるのですが……どうもカナーバ議長を大の大人がいたぶっているようにしか見えないので」
年若い女性に肩入れしたくなるのは、自分が男だからだろうか。そう付け加えながらラウは首をかしげてみせる。
「プラントの方からすれば『違う』と言いたいのでしょうが」
言外に、自分はこの国に何の責任もない。だから、と付け加えた。
「そうでもないですよ」
サラはそう言いながら笑みを作る。だが、彼女の瞳は全く笑っていない。冷静にこちらを観察していた。
「しかし、こうなるといつまでこちらにいるべきなのか。一度確認した方がいいかもしれません」
許可を出してくれた人間がいなくなるならば自分もオーブへと帰った方がいいのではないか。
これからは他国の人間に見せたくない光景も繰り広げられるだろう。そう聞き返す。
「そうですね……上に確認してみます」
やがてあきらめたようにサラがこう告げる。
「お願いします」
これで第一関門突破か。
しかし、自分の言葉で表情を変化させるようではエージェントとしてはまだまだ甘い。逆に手玉に取られて終わるだけだ。
だが、それも誰かの計算のうちなのだろうか。
ふっとそんなことを考えてしまう。
もしそうだとするならば厄介だ。間違いなく自分の正体について疑いを持っていると言うことになる。
しかし、こちらに来てから自分はミスをした覚えはない。
あるいは、事前に情報が流れていたのか。
それについてもブレアに確かめたいところだ。しかし、ここでは難しい。
どう動くのが一番効果的なのだろう。
脳内で自分が為すべきことを組み立て始める。それは本当に久々の感覚だ。そして、それが楽しいと思う。
相手が誰であろうとしっぽをつかませることはしない。
そして、地球に戻るのだ。正確に言えば、キラがいるのと同じ大地に、と言うべきか。
そう考えたところで、ここまで彼に依存していたという事実を改めて認識してしまう。だが、それも今更だ。
作り物の体でも自分自身の意思と矜持までは手放したつもりはない。当然、キラのこともこの中に含まれている。
そして、それだけは何があっても譲れない、と心の中で呟いていた。